宝塚歌劇で何度も上演されてきた『赤と黒』は、貧しい青年ジュリアン・ソレルが、美貌と知性を武器に上流階級へ上り詰めようとする物語です。
野心に燃えるジュリアンと、彼の人生を変える二人の女性との恋が描かれます。
宝塚作品としては驚くほど濃厚なラブシーンが登場するため、初めて観た人は「ここまでやるの?」と驚くかもしれません。
一方で、『赤と黒』には柴田侑宏先生の脚本による宝塚版と、2023年に礼真琴さん主演で上演されたフレンチ・ミュージカル版があります。
同じ原作をもとにしていますが、構成や楽曲、登場人物の見せ方は大きく異なります。
この記事では、宝塚版『赤と黒』のあらすじや登場人物、歴代キャスト、柴田版とフレンチ版の違いを初心者にも分かりやすく紹介します。
宝塚『赤と黒』とはどんな作品?
『赤と黒』は、フランスの作家スタンダールが1830年に発表した同名小説を原作とする作品です。
物語の舞台は、ナポレオン失脚後の王政復古期のフランス。フランス革命の最中ではなく、革命とナポレオン時代を経て、貴族や聖職者が再び力を取り戻した時代です。
主人公のジュリアン・ソレルは貧しい家庭に生まれましたが、頭脳明晰で、類いまれな美貌の持ち主でした。
ナポレオンに憧れながらも、王政復古期では軍人として出世する道が閉ざされています。そこでジュリアンは聖職者の道を利用し、上流階級へ進もうとします。
身分制度への反発と出世への野心、そして恋愛によって運命を狂わせていく青年の物語です。
タイトルの「赤」と「黒」は何を意味する?
『赤と黒』というタイトルの意味には、さまざまな解釈があります。
一般的には、「赤」は軍服やナポレオンへの憧れ、「黒」は聖職者の服や教会を表しているといわれています。
ジュリアンが生きた時代には、貧しい青年が軍人として活躍し、身分を超えて出世することは難しくなっていました。そのため、本心ではナポレオンを崇拝しながら、表向きは聖職者を目指します。
また、「赤」を恋や情熱、「黒」を死や破滅の象徴と見ることもできます。
どちらか一つが正解というより、ジュリアンのなかにある情熱と打算、恋と野心、生と死の対比がタイトルに込められていると考えると、作品を理解しやすくなります。
『赤と黒』のあらすじを分かりやすく紹介
ここからは結末に触れます。観劇前にネタバレを避けたい人は、「主な登場人物」まで読み飛ばしてください。
ジュリアンとレナール夫人の出会い
ジュリアン・ソレルは、フランスの地方都市ヴェリエールで製材業を営む貧しい家庭に生まれました。
家業にはなじめませんでしたが、記憶力に優れ、ラテン語で聖書を暗唱できるほど勉強していました。
その能力を買われたジュリアンは、町長レナールの家で、子どもたちの家庭教師として働くことになります。
そこで出会ったのが、レナールの妻であるレナール夫人です。
ジュリアンは当初、上流階級への反発や自尊心からレナール夫人を誘惑しようとします。しかし、二人は次第に本気で惹かれ合い、秘密の恋に落ちていきました。
神学校からパリの上流社会へ
ジュリアンとレナール夫人の関係は、やがて周囲に疑われるようになります。
レナール家を離れたジュリアンは神学校へ進み、その後、パリの有力貴族であるラ・モール侯爵の秘書として働き始めました。
能力を認められたジュリアンは、上流社会のなかで少しずつ地位を高めていきます。
そこで出会ったのが、ラ・モール侯爵の娘マチルドです。
気位が高く、平凡な貴族社会に退屈していたマチルドは、ほかの男性とは違うジュリアンに興味を抱きます。互いに自尊心をぶつけ合いながら、二人は激しい恋愛関係になりました。
レナール夫人の手紙で運命が変わる
マチルドの妊娠が分かると、ラ・モール侯爵は二人の結婚を認める方向へ動きます。
ジュリアンはついに、望んでいた上流階級の地位を手に入れようとしていました。
ところが、ラ・モール侯爵がジュリアンの過去を調べたことで、レナール夫人との関係が明らかになります。
レナール夫人は、聖職者の指示を受け、ジュリアンを「女性を利用して出世する危険な人物」と告発する手紙を書きました。
結婚と出世の道を断たれたジュリアンは激怒し、ヴェリエールへ戻ります。そして、教会にいたレナール夫人へ銃を向けてしまうのです。
ジュリアンが最後に気づいた本当の愛
レナール夫人は一命を取り留めますが、ジュリアンは逮捕され、裁判にかけられます。
収監されたジュリアンのもとには、マチルドだけでなくレナール夫人も訪れます。
そこでジュリアンは、出世や身分への執着から解放され、自分が本当に愛していたのはレナール夫人だったと気づきました。
ジュリアンには死刑判決が下されます。彼は自分の行動と運命を受け入れ、処刑の日を迎えました。
出世を夢見て上流社会へ挑み続けた青年が、すべてを失ったあとに本当の愛を知るという、悲しくも美しい結末です。
ジュリアンに関わる3人の女性
『赤と黒』では、ジュリアンに思いを寄せる3人の女性が登場します。
| 登場人物 | ジュリアンとの関係 | 役割 |
|---|---|---|
| エリザ | レナール家の召使 | ジュリアンに片思いする女性 |
| レナール夫人 | レナールの妻 | ジュリアンが最初に深く愛する女性 |
| マチルド | ラ・モール侯爵の娘 | ジュリアンと激しい恋に落ちる令嬢 |
エリザはジュリアンに好意を抱きますが、ジュリアンは彼女になびきません。
レナール夫人との恋には、最初は上流階級への反発や征服欲も含まれていました。しかし、彼女はジュリアンにとって、最後まで忘れられない存在になります。
一方、マチルドは美しく高貴で、ジュリアンが望んでいた地位や名誉を象徴する女性です。
レナール夫人は愛、マチルドは野心と出世に結び付いた存在として見ると、ジュリアンの複雑な心情が分かりやすくなります。
『赤と黒』の主な登場人物
ジュリアン・ソレル
貧しい製材業者の息子でありながら、美貌と知性を持つ青年です。
身分の低さに強い劣等感を抱き、いつか上流階級へ上り詰めようと考えています。
冷静な野心家に見えますが、実際には自尊心が傷つきやすく、感情に振り回される未熟さも持っています。
男役スターが演じると、美しさ、冷たさ、危うさが一度に楽しめる非常においしい役です。
レナール夫人
ヴェリエールの町長レナールの妻で、子どもを持つ貞淑な女性です。
恋愛経験がほとんどなく、家庭教師としてやってきた年下のジュリアンに惹かれていきます。
妻や母親としての立場と、ジュリアンへの愛の間で苦しむ姿が、この作品の大きな見どころです。
マチルド
パリの名門貴族ラ・モール侯爵家の令嬢です。
美貌と知性を備えていますが、気位が高く、社交界の男性たちを退屈に感じています。
身分の低いジュリアンを見下しながらも、その危うさや野心に惹かれ、激しい恋へ突き進みます。
レナール
ヴェリエールの町長で、レナール夫人の夫です。
権力や世間体を重視し、周囲の人より優位に立つことを望んでいます。
ジュリアンを家庭教師として雇いますが、妻とジュリアンの関係にはなかなか気づきません。
フーケ
ジュリアンの故郷の友人です。
ジュリアンを材木商の仕事へ誘い、地道に生きる道を示します。
野心や駆け引きとは無縁の誠実な人物であり、ジュリアンが心を許せる数少ない存在です。
コラゾフ公爵
パリの上流社会でジュリアンに恋愛の駆け引きを教えるロシア貴族です。
マチルドの心を取り戻そうとするジュリアンに助言し、別の女性へ思いを寄せているように見せる作戦を授けます。
ラ・モール侯爵
マチルドの父であり、パリの有力貴族です。
ジュリアンの能力を高く評価し、秘書として重用します。しかし、娘との結婚を認めようとした矢先、ジュリアンの過去を知ることになります。
※登場人物や役割は、上演される脚本によって一部異なります。
宝塚版『赤と黒』の歴代キャスト
宝塚歌劇では、1957年に菊田一夫先生の脚本による『赤と黒』が上演されました。
現在まで再演されている柴田侑宏先生の脚本は、1975年月組公演『恋こそ我がいのち』として初演され、東京公演から『赤と黒』へ改題されました。2020年月組版の公式作品紹介でも、この上演の流れが紹介されています。
主な歴代キャストは次のとおりです。
| 上演年・組 | ジュリアン | レナール夫人 | マチルド | 上演版 |
|---|---|---|---|---|
| 1957年・花組 | 寿美花代 | 淀かほる | 鳳八千代 | 菊田一夫版 |
| 1975年・月組 | 大滝子 | 舞小雪 | 小松美保 | 柴田侑宏版 |
| 1989年・月組 | 涼風真世 | 朝凪鈴 | 羽根知里 | 柴田侑宏版 |
| 2008年・星組 | 安蘭けい | 遠野あすか | 夢咲ねね | 柴田侑宏版 |
| 2020年・月組 | 珠城りょう | 美園さくら | 天紫珠李 | 柴田侑宏版 |
| 2023年・星組 | 礼真琴 | 有沙瞳 | 詩ちづる | フレンチ版 |
| 2026年・花組 | 侑輝大弥 | 朝葉ことの | 七彩はづき | 柴田侑宏版 |
1989年月組・涼風真世
1989年月組版では、涼風真世さんがジュリアンを演じました。
妖精のような透明感を持ちながら、舞台では冷たい男役の顔も見せられる涼風真世さんは、ジュリアンに合っていたのではないでしょうか。
フーケは天海祐希さん、コラゾフ公爵は久世星佳さん、エリザは麻乃佳世さんという、今見ると非常に豪華な顔ぶれです。
涼風真世さんの宝塚時代については、こちらの記事で紹介しています。☟
涼風真世の宝塚時代を知りたい!当時のエピソードと代表作をご紹介!
2008年星組・安蘭けい
2008年星組版では、安蘭けいさんがジュリアン、遠野あすかさんがレナール夫人、夢咲ねねさんがマチルドを演じました。
柚希礼音さんがフーケとコラゾフ公爵の二役を担当しています。
安蘭けいさんと遠野あすかさんによる大人の恋愛と、若く華やかな夢咲ねねさんとの対照的な関係が楽しめる配役でした。
2020年月組・珠城りょう
2020年月組版では、珠城りょうさんがジュリアンを演じました。
がっしりとした体格とリアリティーのある男役像を持つ珠城りょうさんのジュリアンは、女性同士で演じていることを忘れてしまいそうな存在感がありました。
レナール夫人を演じた美園さくらさんの気品も役に合っており、二人の濃密な場面にはドキドキさせられました。
フーケとコラゾフ公爵は月城かなとさんが演じています。
2023年星組・礼真琴
2023年星組版『Le Rouge et le Noir ~赤と黒~』では、礼真琴さんがジュリアンを演じました。
ただし、この公演は柴田侑宏先生の脚本ではなく、フランス発のロック・ミュージカルを宝塚版として上演したものです。
レナール夫人にあたるルイーズ・ド・レナールは有沙瞳さん、マチルドは詩ちづるさん、物語を導くジェロニモは暁千星さんが演じました。2023年星組版の正式配役でも確認できます。
礼真琴さんの歌唱力やダンス、男役としての魅力については、こちらの記事で紹介しています。☟
2026年花組・侑輝大弥
2026年花組版では、侑輝大弥さんがジュリアン・ソレルを演じます。
レナール夫人は朝葉ことのさん、マチルドは七彩はづきさん、エリザは翠笙芹南さんです。
侑輝大弥さんのシャープな美しさや、内側に情熱を秘めた雰囲気は、野心と危うさを持つジュリアンによく合いそうです。
花組版の正式配役と注目ポイントについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。☟
花組『赤と黒』配役を徹底解説!侑輝大弥のジュリアンとレナール夫人・マチルドに注目
柴田版とフレンチ・ミュージカル版の違い
同じ『赤と黒』でも、柴田版と2023年のフレンチ・ミュージカル版は、かなり印象が異なります。
| 比較項目 | 柴田侑宏版 | フレンチ版 |
|---|---|---|
| 音楽 | 宝塚らしいドラマチックな楽曲 | ロック調の楽曲が中心 |
| 物語 | 人間関係や心理描写を丁寧に描く | 音楽とスピード感を重視 |
| 雰囲気 | 重厚な恋愛悲劇 | 若々しくエネルギッシュ |
| 主な再演 | 1975年・1989年・2008年・2020年・2026年 | 2023年星組 |
| 特徴的な役 | フーケ、コラゾフ公爵など | ジェロニモ、ルージュ、ノワールなど |
柴田版は、ジュリアンとレナール夫人、マチルドの関係をじっくり見せる作品です。
一方、フレンチ版はロック調のナンバーが多く、ジュリアンの若さや反骨心が音楽によって強く表現されます。
2023年星組版を観た人が2026年花組版を観ると、同じ原作でも別作品のように感じる可能性があります。
どちらが優れているというより、脚本と音楽による解釈の違いを楽しむ作品です。
宝塚『赤と黒』の3つの見どころ
美しく危ういジュリアン・ソレル
『赤と黒』最大の魅力は、やはり主人公ジュリアンです。
美貌と知性を持ちながら、身分への劣等感と強すぎる自尊心によって、自分自身を追い詰めていきます。
冷酷な野心家に見えて、実際には傷つきやすく、感情を抑えられない未熟さもあります。
美しさと冷たさ、情熱と脆さを同時に表現できる男役ほど、魅力的なジュリアンになるのではないでしょうか。
対照的な二人の女性
レナール夫人とマチルドは、身分も年齢も恋愛の仕方も異なります。
レナール夫人は穏やかで包容力があり、罪悪感を抱きながらジュリアンを深く愛します。
マチルドは誇り高く、自分と対等にぶつかってくるジュリアンへ情熱を燃やします。
この二人の違いがはっきり描かれるほど、ジュリアンが愛と野心の間で揺れる姿にも説得力が生まれます。
宝塚では珍しい濃厚なラブシーン
柴田版『赤と黒』は、宝塚作品のなかでも恋愛場面がかなり濃厚です。
ジュリアンがレナール夫人を抱き寄せる場面には、大人の色気と危うさがあります。
初めて観たときには、「宝塚でここまで見せるの?」と驚くかもしれません。
ただし、刺激的な場面を入れることだけが目的ではありません。
ジュリアンの征服欲がやがて本当の愛へ変わっていく過程や、レナール夫人が理性を失うほど恋にのめり込む姿を伝える重要な場面です。
男役と娘役の組み合わせによって、同じ演出でもまったく違う空気になるのが、『赤と黒』を何度も観たくなる理由だと思います。
まとめ
宝塚『赤と黒』は、美貌と知性を持つ貧しい青年ジュリアン・ソレルが、上流階級への野心と二つの恋によって破滅へ向かう物語です。
舞台はフランス革命中ではなく、ナポレオン失脚後の王政復古期。身分制度が厳しい時代だからこそ、ジュリアンの反発や焦りが物語を動かします。
宝塚では1957年の菊田一夫版に続き、1975年から柴田侑宏先生の脚本による『赤と黒』が上演されてきました。
2023年の礼真琴さん主演版は、ロック調の楽曲を中心としたフレンチ・ミュージカル版です。2026年の侑輝大弥さん主演版では、柴田版が再び上演されます。
濃厚なラブシーンに注目が集まりやすい作品ですが、根底にあるのは、身分に抗おうとした青年の野心と挫折、そして本当の愛に気づくまでの悲劇です。
歴代ジュリアンの違いを比べながら観ると、作品の奥深さをさらに味わえるのではないでしょうか。


