ミュージカル『エリザベート』は、宝塚歌劇団においても不動の人気を誇る作品です。
皇妃エリザベートの波乱万丈の人生を描くこの物語は、初演以来、各組で何度も再演され、そのたびに新しい解釈やスターを生み出してきました。
中でも注目すべきは、エリザベート(シシィ)役を 娘役だけでなく男役も演じてきた という宝塚ならではの特徴です。プリンセスのように可憐な娘役シシィと、中性的で力強さを纏った男役シシィ――。同じ役でありながら全く違う魅力を放つ点が、観客を虜にしてきました。
さらに2025年10月には、宝塚OGの 明日海りお と 望海風斗 がダブルキャストでエリザベート役を演じることが決定しています。
2人は同期であり、花組・雪組のトップスターとして舞台を牽引してきた存在。しかも明日海は在団中にトートを演じ、望海は圧倒的な歌唱力で雪組を支えてきた実力派。宝塚史上でも特別なキャスティングといえるでしょう。
この記事では、歴代のエリザベート役を振り返りつつ、娘役と男役それぞれの違い、そして今後の注目キャストについて独自に比較・考察していきます。
第1章 宝塚版『エリザベート』の特異性
宝塚の演出美学(トップ中心構造)と、シシィ役の多様性という二軸を概観します。以降の比較を読みやすくするための“地図”の役割です。
トートを中心に据える宝塚の演出美学
『エリザベート』は、オーストリア皇妃エリザベートの生涯を描いたウィーン発のミュージカルで、世界中で上演され続けている不朽の名作です。
数あるミュージカルの中でも、宝塚歌劇団における『エリザベート』は特別な位置を占めています。
1996年に花組で初演されて以来、宝塚では繰り返し再演されてきました。その理由は、物語のテーマが宝塚の舞台美学と驚くほど親和性が高いからです。
愛と死、自由への渇望、宿命に翻弄されるヒロイン――どれも宝塚が得意とする題材であり、観客の心を掴んで離しません。
エリザベート役の多様性(娘役シシィ/男役シシィ)
宝塚版は、トート(黄泉の帝王)をトップスターが演じる構成が特徴的です。
東宝版やウィーン版に比べて「トート=絶対的な主役」として描かれる傾向が強く、舞台全体がよりドラマティックで幻想的な雰囲気に包まれます。
これは、男役トップを中心に据える宝塚の演劇様式が色濃く反映された結果といえるでしょう。
そしてもうひとつの特異性が、エリザベート(シシィ)役の多様性です。
通常は娘役トップが務める役柄ですが、宝塚では一部の男役スターも挑戦してきました。
華やかで可憐な「娘役シシィ」と、中性的で力強さを持つ「男役シシィ」。同じエリザベートでありながら全く異なる表現が可能になるのは、宝塚ならではの面白さです。
この「二つのシシィ像」の存在が、宝塚版『エリザベート』を唯一無二の舞台にしているのです。
第2章 歴代エリザベート役と男役の挑戦
初演から現在までの系譜をざっくり辿り、なぜ名演が生まれ続けたのかを整理します。さらに稀少な“男役シシィ”の存在で、宝塚のユニークさを際立たせます。
初演の花總まり ― 永遠のエリザベート
宝塚における『エリザベート』は、娘役トップが演じる「エリザベート像」を確立してきました。
初演から長きにわたりエリザベート役を務めた 花總まり は、その象徴的な存在です。
彼女は「永遠のエリザベート」とも呼ばれ、清楚で可憐、そして皇妃としての気高さを体現し、観客の記憶に強烈に残りました。
白羽ゆり・愛希れいか・仙名彩世ら後継者たち
その後も 白羽ゆり、愛希れいか、仙名彩世 などがそれぞれの解釈で役に挑みました。
白羽 は透明感のある歌声でプリンセスの気品を際立たせ、愛希 は強靭な精神力を感じさせる芯のあるシシィを演じ、仙名 は繊細さと大人の女性らしさを併せ持つ演技で観客を魅了しました。
娘役ごとに「自分だけのエリザベート像」を確立してきたのです。
男役が挑んだシシィ(瀬奈じゅん/凪七瑠海)
一方で、宝塚には例外的な歴史もあります。
なんと、男役がエリザベート(シシィ)を演じた ケースが存在するのです。
記録に残っているのはわずか2人、瀬奈じゅん(2009年月組公演)と、専科の 凪七瑠海(2014年宙組公演)。この“男役シシィ”は、宝塚の歴史の中でも極めて珍しい挑戦でした。
男役が演じるシシィは、所作や声の響きに中性的な強さが宿り、娘役シシィの可憐さとは一線を画します。
台詞や歌に説得力と力強さが加わり、帝国の中で孤独に戦う女性の姿を鮮烈に描き出しました。
観客にとっては「シシィという役の新しい可能性」を感じさせる試みであり、今なお語り継がれる舞台となっています。
娘役と男役、二つの表現の同居により、宝塚版『エリザベート』は世界のどの上演とも異なる独自性を獲得しました。
シシィという女性像が、演じるスターによって大きく変化する――そこにこそ、この作品を何度も観たくなる理由があるのです。
第3章 娘役エリザベートの魅力を徹底比較
歴代娘役が描いたシシィ像の違い(可憐・芯の強さ・成熟)を、具体的な名前とともに比較します。
可憐でプリンセス然としたシシィ(花總まり・白羽ゆり)
宝塚におけるエリザベートは、本来「娘役の代表作」とも言える役どころです。舞台上で成長し、苦悩し、最期を迎えるまでの長い人生を描くため、娘役にとってはまさに“集大成”となる役です。
その象徴が、やはり 花總まり です。
初演から長年にわたりエリザベートを演じ続け、ファンの間では「伝説」「永遠のシシィ」と称される存在。可憐さと気高さを併せ持ち、皇妃としてのオーラを完璧に体現しました。
彼女の存在が、宝塚版『エリザベート』を不動の人気作品へ押し上げたといっても過言ではありません。
たとえば 白羽ゆり は透明感のある歌声と繊細な演技で、観客に純真なプリンセス像を印象づけました。
芯の強さを描いた愛希れいかと大人の女性らしさを表現した仙名彩世
愛希れいか は芯の強さを前面に押し出し、皇妃としての孤独と闘志を力強く表現しました。一方、仙名彩世 は歌唱力と表現力を兼ね備え、大人の女性らしい品格を感じさせるシシィを生み出しました。
私の推し!蘭乃はなのエリザベート
忘れてはならないのが、蘭乃はな が演じるエリザベートです。
彼女は気品にあふれながらも柔らかな感性を持ち合わせており、その仕草や視線の一つひとつに人間らしいエリザベート像が宿っていました。
観客に「彼女の心の奥に触れた」と思わせる力があり、まさに唯一無二の表現だったといえるでしょう。
※蘭乃はなについては、第7章でさらに詳しく語ります。
第4章 男役が挑んだエリザベート役の魅力
男役が演じることで生まれる中性的な気高さや強さに注目。瀬奈じゅん・凪七瑠海の事例から、従来像と何が変わるのかを立体的に捉えます。
堂々とした気高さの瀬奈じゅんと中性的な凪七瑠海
宝塚版『エリザベート』の最大の特徴の一つが、時に 男役がエリザベートを演じる という点です。
通常は娘役が担う役ですが、2009年の月組公演で 瀬奈じゅん が、2014年宙組公演では専科の 凪七瑠海 がシシィ役を務めました。
これは宝塚の長い歴史の中でも極めて珍しい試みです。
(過去には『風と共に去りぬ』で男役トップスターがスカーレット・オハラを演じるケースがありました)
例えば、瀬奈じゅん が演じたシシィは、繊細でありながらも男役らしい堂々とした立ち振る舞いで、従来のプリンセス的なエリザベート像とは一線を画しました。
凪七瑠海のシシィ ― 中性的な存在感
凪七瑠海 のシシィは、宝塚の中でも特に“異色の挑戦”として印象に残る舞台でした。専科から宙組公演に特別出演する形で配役された彼女は、娘役としての柔らかさよりも、男役由来の中性的な佇まいを前面に押し出しました。
その立ち姿は凛として揺るがず、衣装の豪華さに負けない存在感を放ちます。声質も低めで落ち着きがあり、皇妃としての威厳や孤独感が観客にリアルに伝わってきました。特にトートとの対峙シーンでは、まるで対等に渡り合うかのような強さがあり、従来の“守られるプリンセス”像を覆すシシィ像を提示したといえるでしょう。
一方で、歌や表情の端々には女性らしい儚さも滲み出ており、そのギャップが独特の魅力を生みました。男役の誇りを持ちながらも、皇妃エリザベートの脆さを抱える――そのバランス感覚こそが、凪七瑠海 ならではのエリザベート像だったのです。
娘役とは異なる“強さ”を放つ男役シシィ
男役が演じるシシィには、娘役には出せない独特の魅力があります。まず挙げられるのは、中性的な気高さと強さ。所作や立ち姿が凛としており、皇妃としての威厳や孤独感がより鮮烈に伝わります。また声質も低めで力強いため、台詞や歌が観客の胸にまっすぐ響くのです。
この“男役シシィ”は、単なる奇抜な挑戦ではなく、エリザベートという人物像に新たな解釈を与えるものとなりました。史実のエリザベートは皇妃でありながら自由を求め、社会や伝統に抗い続けた人物。その強さや孤独を、男役の中性的な魅力が際立たせることで、観客に「新しいシシィ像」を提示することができたのです。
男役と娘役、それぞれが描くシシィの違いは、宝塚版『エリザベート』を語るうえで欠かせない大きな魅力。二つのアプローチが存在するからこそ、この作品は再演のたびに新鮮な驚きを与えてくれるのです。
第5章 2025年10月の注目!明日海りお×望海風斗のダブルキャスト
89期同期の2人が同じシシィに挑む注目公演。トート経験の明日海りお、歌唱力の望海風斗という強みの違いを手がかりに、見どころを先取りします。
トートを経験した明日海りおのアドバンテージ
2025年10月、ミュージカルファンにとって見逃せない舞台が幕を開けます。宝塚OGであり、しかも同期生でもある 明日海りお と 望海風斗 が、ダブルキャストでエリザベート役を務めることが決定したのです。
特に興味深いのは、2人の「在団中の経験」の違いです。明日海りお は在団中にトート(黄泉の帝王)を演じました。
トートはエリザベートの生涯に寄り添い、時に彼女を導き、時に彼女を追い詰める存在。明日海がこの役を経験したことで、エリザベート像を“相手役の視点”から深く理解している点は大きなアドバンテージになるでしょう。
歌唱力で舞台を支える望海風斗の魅力
一方で 望海風斗 は、雪組時代にルキーニを演じた経験があります。
ルキーニは物語の狂言回し的な存在であり、シシィの人生を語る重要な役。さらに、望海といえば宝塚随一と称される歌唱力の持ち主です。
全編が歌で構成される『エリザベート』において、その声量と表現力はシシィを演じる上で強力な武器となります。
同期生が演じる「二つのシシィ」に期待
同期でありながら、違う役を経験してきた2人が、同じ舞台でエリザベートをどう演じ分けるのか。プリンセス的な華やかさ、孤独を背負った皇妃としての強さ、そして「生と死の狭間で揺れる一人の女性」としてのリアリティ。それぞれの持ち味がどのように表現されるのか、観客にとっては比べる楽しみが尽きない舞台になるはずです。
宝塚出身者だからこそ持つ表現力と解釈力、そして同期という運命的な繋がり。2025年のこの舞台は、『エリザベート』の新たな伝説として語り継がれることになるでしょう。
第6章 レジェンド・花總まりの存在感
「永遠のエリザベート」花總まりが築いた基準と影響を整理します。なぜ後続の解釈が常に花總と比較されるのか、その理由を掘り下げます。
初演から築かれた“理想のシシィ像”
宝塚版『エリザベート』を語る上で、決して外すことができない存在――それが 花總まり です。
1996年の初演でエリザベート役に抜擢されて以来、彼女は宝塚在団中のみならず退団後も再演を重ね、長年にわたりシシィを演じ続けてきました。その圧倒的なキャリアと存在感から、ファンの間では「永遠のエリザベート」と呼ばれています。
花總まり のエリザベートは、まずその圧倒的なプリンセス感が特徴です。華奢で可憐なビジュアルに加え、気品ある所作と柔らかな歌声。観客にとって「エリザベートはこういう女性だったのだろう」と思わせる説得力を持ち、宝塚版シシィの理想像を築き上げました。
後輩たちに与えた影響と基準としての存在
また、彼女の魅力は単なる可憐さに留まりません。若き日の少女らしさから、孤独と自由への渇望に揺れる皇妃の姿、そして晩年の疲弊と諦念まで――長い人生の変遷を、一人の舞台人として見事に表現しました。その成長と変化を一夜の舞台で描き切る力量は、まさに「伝説」と呼ぶにふさわしいものです。
花總 が残した功績は後輩たちにも大きな影響を与えました。歴代の娘役がエリザベートを演じるたびに「花總まり のシシィを超えられるか」という視点で見られるほど、その存在は基準であり象徴となっています。
実際、多くのファンにとって「エリザベート=花總まり」というイメージは今なお強く残っています。
第7章 私の推し!蘭乃はなのエリザベート
筆者の推し視点で“心が動いた理由”を言語化します。レビューとしての温度感を加えることで、記事全体に個人の軸と物語性を持たせます。
私が特に心惹かれるのが 蘭乃はな のシシィです。歴代の名演と比較しても、彼女ならではの魅力が光っており、観るたびに「これこそ私の好きなエリザベートだ」と思わされます。
蘭乃はな のエリザベートは、まず気品と柔らかさの両立が印象的。立ち居振る舞いには皇妃らしい格調がありながら、視線や仕草の一つひとつに人間味が溢れます。歌声や台詞にも温かみがあり、シシィの孤独や苦悩がより身近に伝わってきます。
完璧な皇妃像ではなく、悩みや喜びを抱えた“生身の女性”としてのシシィ――それを体現したのが 蘭乃はな だったと感じます。
第8章 まとめ:宝塚版『エリザベート』は多様なシシィ像が魅力
宝塚版『エリザベート』は、同じ役であっても演じるスターによってまったく違う表情を見せる作品です。
娘役が演じるシシィは、可憐で華やか、そして観客の憧れを集めるプリンセス的な存在。代表格の 花總まり は今も「永遠のエリザベート」と称され、その後の歴代ヒロインたちに大きな影響を与えました
白羽ゆり、愛希れいか、仙名彩世、そして私の推しである 蘭乃はな――それぞれが独自のエリザベート像を築き、ファンの心を掴んできました。
一方で、瀬奈じゅん や 凪七瑠海 が挑戦した男役シシィは、宝塚ならではの特異な存在です。中性的な強さと気高さを持ち、従来の娘役シシィとは異なる「新しい皇妃像」を提示しました。これもまた、宝塚だからこそ生まれ得た演出といえるでしょう。
そして2025年10月には、明日海りお と 望海風斗 がダブルキャストでシシィを演じます。同期であり、花組と雪組を率いた2人が、退団後に同じ役で再び並び立つ――これ以上ない夢の舞台です。
トートを演じた経験を持つ 明日海、圧倒的な歌唱力を誇る 望海。それぞれがどんなエリザベートを描き出すのか、ファンにとって比べる楽しみが尽きない舞台になるはずです。
娘役と男役、そしてOG。それぞれが築き上げてきた多彩なエリザベート像は、宝塚版ならではの大きな財産。誰のシシィが最高か――その答えは観る人によって異なりますが、それこそが『エリザベート』を何度も観たくなる最大の魅力なのかもしれません。