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「1789」ロナン比較!月組・龍真咲と星組・礼真琴ではこんなに違った

宝塚歌劇団

『1789』って、宝塚では今のところ月組の初演と星組の再演の2回だけなんですよね。
回数が少ない分、「比較しやすい」っていうのがまた面白いところではないでしょうか。

で、私が一番「違うな〜!」って思ったのが、主演ロナンです。

月組のロナン(龍真咲さん)と、星組のロナン(礼真琴さん)は、同じ役でもだいぶ印象が違いました。

そこで、今回は私なりの「ロナン比較」を、かなり主観多めで語ってみようと思います。

いわゆる正解を出したいわけではなくて、「私はこう見えた!」という感想メモに近いです。

先に言い訳(大事)なんですが、これは本当に好みの話です。

同じ舞台を観ても、刺さるポイントは人それぞれ。まったく逆の印象を持つ方がいても当然だと思っています。

ただ、私はせっかく劇場で生の舞台を観ている以上、毎回ちょっとずつ違う息づかいみたいなものを感じられると、めちゃくちゃ満足するタイプなんですよね。

その観点で見ると、月組ロナンと星組ロナンは、私にはかなり別物に見えました。

ではまず、月組のロナン(龍真咲さん)から。

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月組『1789』ロナン(龍真咲)を観て感じたこと

昔からうっすら思ってたんですけど、龍真咲さんって、芝居が“ブレない”んですよ。
いやこれ、褒め言葉でもあるんですよ?安定感って大事だし。

ただ私の場合、その“ブレなさ”がときどき「え、今日もこの感じ…?昨日もこの感じだったような…?」って見えちゃうことがあって。

たとえば殴られたりするシーンの「わー」みたいな反応、あれが毎回いい意味で同じ。
いい意味で同じなんだけど、同じすぎて、たまに「今の…録音…?」って脳が一瞬よぎります。(ごめんなさい)

なんというか、音声に動きを合わせてる感じに見える瞬間があって、私の中では「息が通ってない芝居」って表現がしっくりきました。

だから正直、感情移入が難しい日もありました。これは完全に好みです。ほんとに。

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星組『1789』ロナン(礼真琴)は“息が通る”芝居に見えた

一方の礼真琴さん。
歌が上手いのはもちろんなんだけど、私が「強っ!」って思ったのは芝居の方でした。さすが95期の首席だと思わされましたね。

礼真琴さんのロナンは、息が通ってる感じがしました!

同じ場面でも、その日の感情でちょっと違って見えるんですよね。

もちろん物語の流れは守ってるんだけど、なんか昨日と今日では何かが違うみたいな。

それが何かは私には言語化できないんですが、例えば、同じセリフでも今日は勢い余ってヨダレが出ちゃった!みたいな(笑)

こういう細かい差があると、「今、生の舞台を観てる!」って満足感があるんですよ。

月組って芝居の月組って言われてきたけど、龍真咲さんの時代の私は、そこまで強くは感じなかったかもしれません。

コピペっぽく見える芝居が気になり出すと、歌も得意じゃない印象が重なって、私の集中力がスーッと抜ける瞬間があるというか…(※これは私の問題です)

たぶん龍真咲さんの中では、感情の起伏を最初にしっかり設計して、初日から千秋楽まで安定して出してるんだと思います。

それはプロとしてめちゃくちゃ正しい。

でも私としてはせっかく生の舞台を観てるんだから、ちょっと転んでもいいから今日の熱量みたいなのが観たい派なんですよね。

その点で礼真琴さんは、いい意味で生っぽい

「え、今日ちょっと危ないとこ攻めるな?」みたいな瞬間があって、そういうのがたまらない。生きたロナンを見てる感じがしました。

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マリーとフェルゼンの密会シーンで見えたロナンの違い

2人の違いがいちばん大きく出たなと思ったのが、マリー・アントワネットとフェルゼンの密会シーンです。マリーの声でロナンが目を覚まして、「うるさいな…」みたいに文句を言う、あの場面ですね。

このあとロナンとフェルゼンが、フェルゼンは剣、ロナンは木刀で戦う流れになるのですが、ここが面白いんです。

龍真咲さん演じるロナンは、動きにどこか手慣れた感じがありました。もちろん舞台としては見栄えがいいし、スッと入ってくるんだけど、私には「最初からそれなりに強そう」に見えたんですよね。

一方で礼真琴さんのロナンは、喧嘩なんかしたことなさそうな感じ。ましてや剣を交えた経験なんて一度もないだろうへっぴり腰っぷりで、そこがものすごくリアルに感じました。

このへっぴり腰が、役作りなのか演出家の意図なのかは分かりません。

ただ、へっぴり腰なのにフェルゼンに向かっていくロナンのほうが、私には「この青年ならこうなるよね」と納得できて、リアリティが強く残りました。

礼真琴さんに関する詳しい記事はこちらをどうぞ☟
礼真琴が可愛い!演技力&歌唱力&ダンスの実力を徹底解剖!

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私が『1789』のロナンに求めたい理想像(純朴→革命→成長)

そもそもロナンって、最初は純朴な田舎の貧しい青年じゃないですか。

それが革命に巻き込まれて、恋もして、人の死も見て、「自分の人生って何だったんだろう」って価値観がひっくり返っていきますよね。

裕福な友人たちが勉強に頭を悩ませていた時に、自分は明日食べるのパン一個に苦しんでた…って気づいちゃう青年なわけで。

だから物語が進むにつれて、人格が変わっていくのは当たり前だと思うんですよね。

でも龍真咲さんのロナンは、最初から最後までどこか“ゴージャス”が香るというか(笑)。純朴さからの変化が、私には見えにくかったかも。

私が『1789』のロナンに求めたい理想像は、純朴な青年が革命に飲まれて、恋をして、死を見て、痛みを知って、大人になっていく姿なんです。

その成長の軌跡が、舞台上でちゃんと変化して見えるロナンが好きなんだと思います。

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まとめ

今回は宝塚『1789』のロナンを、月組(龍真咲)と星組(礼真琴)で比べて、私が感じた違いをそのまま書きました。

もちろん受け取り方は人それぞれで、まったく逆の印象を持つ方がいるのも自然なことだと思っています。

なお、この記事はあくまで個人の感想としてまとめたもので、コメントでの議論やご意見の受付はしていません。あらかじめご了承ください。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

宝塚歌劇団
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